お京都

お京都

ポージーくんの生まれ故郷、そして8年ほど繁殖犬として働いた場所。

それが京都です。

生きている間には連れて来れなかったけど、京都を縦断できればと、ポージーの写真などのメモリアルグッズとともに、出発地東京→岐阜→(ポージーくんとリゾート旅をした思い出の長浜)→福井→京都という経路で京都に入りました。

長浜にある賤ヶ岳SAに水の入ったペットボトルなどの洗車用具がありました。入京前に車を綺麗にすることでき、心から嬉しかったです。

京都にある綾部PAでポージーくんの遺骨(喉と犬歯)の入った小さいケースを開けると、道中の車の振動などで蓋のネジ部分に挟まっていた、白い骨の粉が少し洋服に舞いました。

ポージーくん、京都に帰ってきたよ。そんな思いでポージーくんを身に纏いながら、再び出発しました。

天橋立では観覧車に乗ってポージーくんとおデート気分。2人きりの空間でポージーくんに日本海を望ませます。

ポージーくん。誰もがいつかは死ぬ運命と分かっているけど、いなくて寂しい。恋しい。もう100日経ったのに、まだ悲しい。

次は京丹後を意識しつつも、お城のある福知山方面へ南下しました。一緒に長浜城公園を歩いたり、雨宿りしたことを思い出しながら、天守閣まで登りました。

その後、福知山動物園に向かおうとしましたが、3回ほど同じところをくるくる回って入り口が不明だったので、縁はなかったと思い、再び南へ。亀山市へ向かいました。

その日の宿にポージーと泊まりました。

2日目は、宇治を目指しました。平等院で紅葉と人だかりを見つつ、京田辺市へ。一休さんのお寺に到着すると、静かで厳かで、やっと京都のお寺に来た、と思いました。

庭園を眺め、歩き、池のほとりで、お骨ケースを再び開きました。蓋のネジ部分にある小さな粉の残りを池の周りで払わせてもらいました。

一休さんの像を見たり、歩いているうちに、落ち着きを取り戻しました。

お墓も併設されていました。ポージーくんが眠る東京府中も偶然ですが臨済宗で、ここも臨済宗のお墓でした。臨済宗は個人での悟りを大切にしている禅で、祈りのための宗派ではないそうです。

ポージーと一緒にいつかここに入る。それまで安心して生きればいい、と思いました。

絵馬が飾ってあるエリアに、骸骨を掲げている一休さんパネルがいました。

これは私が今でも印象に残っている、アニメ一休さんのお話しです。正月に浮かれている街の人たちの知らないところで年も越せないような貧しい人や、病人たちがいる。そんな表裏一体の中で今を生きていることを忘れるな、との思いで、街の人たちに縁起が悪い坊主だと石を投げられ、罵倒されながらも、お経を唱えて街を歩く名シーンです。

風狂と言われていたこと。詩人の達人であったこと。能にも造詣が深く薪能はこの村の名前から来ていること。

おこがましいとは思いつつ、少しある自分との共通点・縁を嬉しく思いました。

今気づきましたが、京都を離れた後の浜名湖PAからの夕焼けは、ポージーと見た琵琶湖の夕焼けそのもの。

いつまでも続くものもこともこの世には一つもない。諸行無常です。

でも、私のポージーへの思い、愛は私が生きている間は続きます。

そんな私にポージーは、慌てない、慌てない。一休み、一休み。と、私の残りの人生、次にまたポージーと巡り合うまでの時を、味わうよう、言い聞かせてくれているように思います。